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名古屋地方裁判所 昭和58年(行ウ)17号 判決

原告 長谷川清康 外一名

被告 名古屋中税務署長

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告が原告長谷川清康の昭和五三年・五四年・五五年分所得税につき昭和五七年三月九日付でした各更正処分(但し、昭和五五年分については昭和五七年八月四日の異議決定によつて一部取消された後のもの)はいずれもこれを取消す。

2  被告が原告長谷川弥希子の昭和五三年・五四年・五五年分の所得税につき昭和五七年三月九日付でした各更正処分(但し、昭和五五年分については昭和五七年八月四日の異議決定によつて一部取消された後のもの)はいずれもこれを取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは昭和五三年・五四年・五五年分の所得税につき、それぞれ決定申告期限内に被告に対し、別表一ないし六の各「確定申告」欄記載のとおりの(原告清康については別表一ないし三、原告弥希子については同四ないし六である。)各確定申告をし、被告は、原告清康に対しては昭和五七年三月九日付をもつて、原告弥希子に対しては同月一一日付をもつて、原告らの右確定申告について別表一ないし六の各「更正」欄記載のとおりの(原告清康に対しては別表一ないし三、原告弥希子に対しては同四ないし六である。)各更正処分をした。

2  原告らは、右各更正処分につきそれぞれ被告に対し異議申立てをしたところ、被告は昭和五七年八月四日付異議決定により、原告らの各昭和五五年分所得税の各更正処分の一部を取消し(取消後の各更正処分は別表三及び六の昭和五五年分の「異議決定」欄記載のとおりとなつた。)、その余の異議申立を棄却する決定をした。

3  原告らは右異議決定後の各更正処分につき、国税不服審判所長に対しそれぞれ審査請求をしたところ、同審判所長は昭和五八年三月三一日付をもつて原告らの審査請求のすべてを棄却する決定をし、原告らは昭和五八年四月二二日に右裁決書謄本の送達を受けた。

4  しかしながら、前記各更正処分は、原告清康のした商品先物取引による損失を事業所得計算上の損失ではなく雑所得計算上の損失であると認定したこと、及びそれに伴つて原告らの資産所得について合算計算により所得税額を算定したことにおいて違法なものであるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

(原告清康について)

1 原告清康は、本件各係争年分中に訴外丸村商事株式会社(本店、名古屋市中区錦三丁目一一番二六号)、訴外岡地株式会社(本店、名古屋市中区栄三丁目七番二九号)及び訴外株式会社たかま商店(本店、名古屋市中村区椿町一番三二号)を介して行つた商品先物取引による損失額(但し、訴外岡地株式会社については、昭和五四年中には同取引がない。)を本件各係争年分の事業所得の金額の損失額であるとして、別表七の「事業所得としての申告額」の各欄のとおり記載した同各年分の所得税青色申告決算書を作成し、同決算書に基づき確定申告をした。

2 しかしながら、本件各係争年分中における右商品先物取引による損失額は、別表七の「雑所得としての被告主張額」の各欄のとおりであり、しかも、これは事業所得の金額の計算上生じたものではなく、雑所得の金額の計算上生じたものである。すなわち、

(一) 所得税法(以下「法」という。)二七条一項は、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」と規定し、これを受けた所得税法施行令(以下「令」という。)六三条は、事業の範囲を、「一農業、二林業及び狩猟業、三漁業及び水産養殖業、四鉱業(土石採取業を含む。)、五建設業、六製造業、七卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)、八金融業及び保険業、九不動産業、十運輸通信業(倉庫業を含む。)、十一医療保険業、著述業その他のサービス業、十二前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」と規定している。

ところで、法及び令は、事業所得の基因となる「事業」そのものについては定義していないが、その法意からして、社会通念上事業と認められるもの、すなわち、対価性と継続性のほかに事業としての社会的客観性のあるものが事業であると解される。

(二) 原告清康が本件各係争年分中に行なつた商品先物取引が令六三条一号ないし一一号に該当しないことはその規定上明らかであるから、右取引が事業といい得るか否かは、つまるところ、令六三条一二号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かにある。

この判断は、結局、一般社会通念に照らしてするほかなく、これを判断するに際しては、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無のみならず、取引が事業としてなじみ得るか否か、取引の目的、取引における自らの企画遂行性の有無、取引のための人的・物的設備の有無、取引資金の調達方法、取引に費した精神的・肉体的労力の程度、その者の職業・経歴・社会的地位及び相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性等を総合的に検討して、取引に社会的客観性があるか否かをも考慮しなければならない。

(三) 商品先物取引の特異性及び原告清康が行つた同取引の実態等は次のとおりである。

(1) 原告清康が本件各係争年分において行つた商品先物取引の回数・数量は、別表八のとおりである。

ところで、商品先物取引は、商品先物取引市場における相場の急激な変動を利用して、売買差益を稼ごうとする極めて投機性の強いもので収益性が低く、それを行つている者の大半が損失に終つている(現に原告清康も、別表八に記載のとおり、昭和五〇年分は一二二三万一六〇〇円、昭和五一年分は四〇〇一万五八〇〇円、昭和五二年分は一九三五万六八〇〇円、昭和五三年分は七四三三万五二〇〇円、昭和五四年分は一四一一万〇四〇〇円及び昭和五五年分は一五六八万三七〇〇円と、毎年多額の損失を繰返しているのである。)。

このように、所得の発生が偶発的・投機的である商品先物取引は、特段の事情のないかぎり、事業存立の基礎を欠くものであつて、事業所得を生ずる事業とみなすには社会通念上なじみ難いものである。およそ経済人としては、利益を得るか損失を蒙るかわからないような不安定な投機的行為を業とすることは、通常考えられないことだからである。

(2) 原告清康が本件商品先物取引を始めたのは、同人が岐阜県可児郡可児町に所有していた土地が同町に買収され、その売却代金七〇六五万五七五〇円を昭和四八年一〇月ころ入手したので、その利殖を図る手段としてこの自己資金を元手に、訴外丸村商事株式会社の外務員訴外伊藤克彦の勧奨により始めたものであつた。

(3) 原告清康は、本件各各係争年分において、訴外三晃商会(工業用ゴム製品卸売業、資本金一二〇〇万円、年間売上高約一三億円、従業員約一三名)及び訴外中央ゴム工業(工業用ゴム製品製造業、資本金一六〇〇万円、年間売上高約六億円、従業員約四〇名)の代表取締役であり、別表九のとおり右両社などからの報酬・配当を得て生活の資としている。

(4) 原告清康は、一週間のうち休日以外の二日程度を訴外中央ゴム工業の、残りの日を訴外三晃商会の勤務に充て(毎日九時ころ出社、一七時三〇分ころ退社)て、両社の業務の代表執行に専念しており、その傍ら本件商品先物取引を行つたものである。

そして、同取引においては、右両社の勤務時間中に会社の電話を利用して訴外丸村商事株式会社等の取引先と電話連絡する等の簡易な方法で行つていたものであり、業界新聞や業界雑誌等の専門書による研究をすることもなく、右取引先の従業員の助言に基づいて行い、人的・物的設備を設けることもしないで、原告清康が一人で専ら投機目的のために行つていたものにすぎない。

また、原告清康が取扱つた商品は、小豆、毛糸、スフ、ゴム、大豆及び乾繭であるが、同人はこれら商品については全く素人である上に、過去に商品先物取引に関する職業に関与したこともない。

(5) 事業所得を生ずべき事業を開始した際には、法二二九条により一月以内に所轄税務署長に対し開業の届出書を提出しなければならないところ、原告清康はこの届出書を提出していない。

(四) 右原告清康の本件商品先物取引の実態の諸点を、前記の事業性の有無についての判断要素に照らせば、事業の要件のうちの営利性・有償性・継続性・反覆性は一応認められるが、事業の他の要件としての社会的客観性の有無については、

(1)商品先物取引の特異性からして、それが事業になじみにくいものであること

(2) 原告清康の同取引開始の動機が、たまたま入手した不動産売却代金の利殖にあつたことからすれば、その取引の開始は偶発的な計画性のないものであつたといえること

(3) 原告清康の職業は会社役員であつて、過去に商品先物取引に関する職業に関与した事実はないこと

(4) 原告清康はその経営する会社からの報酬からほとんど生活の資を得ていること

(5) 原告清康の右取引の実態が、〈1〉前記両社の業務の代表執行に専念する傍ら行つたものであること、〈2〉訴外丸村商事株式会社等の取引先と電話連絡する等の簡易な方法で行つていたこと、〈3〉専門書による研究をすることなく、取引先の助言に基づいて行つていたこと、〈4〉人的・物的設備を設けることなく、一人で専ら会社の電話を利用して行つていたこと、〈5〉その取扱商品については全くの素人であつたこと、からして、同取引における自らの企画遂行性・取引のための設備・取引に費した相当程度の精神的肉体的労力がないこと

からして、原告清康の本件商品先物取引には、事業の要件としての社会的客観性がないものと言わなければならない。

なお、前記のとおり、原告清康は開業の届出書を所轄税務署長に提出していないのであるから、同人自身も本件商品先物取引については、事業としての社会的客観性がないものと認識していたものである。

(五) 以上のとおり、原告清康が本件各係争年分に行つた商品先物取引は法二七条一項、令六三条に定める事業に該当しないから、右商品先物取引により生じた損失額は雑所得の金額の計算上生じたものである。

3 雑所得の金額の計算上生じた損失は、法六九条により損益通算の対象とならないため、総所得金額の算定にあたつては零として計算することとなるので、原告清康の本件各係争年分の総所得金額及びその内訳は、別表一、二の「更正及び賦課決定」欄及び別表三の「異議決定」欄のそれぞれ一の金額となる。

4 ところで、原告弥希子は原告清康の妻であり、その本件各係争年分の総所得金額及びその内訳は別表四ないし六のそれぞれ一に記載のとおりであつて、これと前記原告清康のそれとを対比すれば、原告清康は法九六条の主たる所得者に、また、原告弥希子は同条の合算対象世帯員に該当することになり、原告清康が納付すべき本件各係争年分の所得税額の計算については、法九七条一項が適用されるから、同税額は別表一、二の「更正及び賦課決定」の各欄及び別表三の「異議決定」欄のそれぞれ九のとおりとなる。

5 よつて、原告清康に対する本件各更正処分は適法である。

(原告弥希子について)

1 原告弥希子は、前記のとおり原告清康の妻であり、本件各係争年中訴外三晃商会の取締役であつた。

2 原告弥希子は、前記のとおり法九六条の合算対象世帯員となるから、同人が納付すべき本件各係争年分の所得税額の計算については、法九七条一項が適用されるので、同税額は別表四、五の「更正及び賦課決定」の各欄及び別表六の「異議決定」欄のそれぞれ九のとおりとなる。

3 よつて、原告弥希子に対する本件各更正処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

(原告清康について)

1 被告の主張1は認める。

2 同2は争う。但し、仮りに原告清康が本件係争年中において被つた商品先物取引による損失が雑所得の金額の計算上生じたものであるとすれば、右損失額が被告主張のとおりであることは認める。

(一) 同2(一)のうち法及び令の存在は認めるが、法及び令にいう事業所得の基因となる「事業」の解釈は争う。

(二) 同2(二)は争う。

(三) 同2(三)柱書は争う。(1)のうち、原告清康のした商品先物取引の回数、数量及び原告清康が本件係争年分に計上した損失の額は認め、その余は争う。(2)(3)(5)は認め、(4)は争う。

(四) 同2(四)のうち、原告清康の商品先物取引が営利性、有償性、継続性、反覆性を有することは認めるが、その余は争う。

(五) 同2(五)は争う。

法所定の課税要件事実の認定は、全納税者について共通の明確な規準性を有するものでなければならない。被告主張の社会的客観性なるものは内容空疎な規準性を有しないものであつて、このような概念により課税要件事実の認定をすることは納税者を惑乱させるものである。

また、原告清康が会社役員として他に職業を有し、それによる所得を主たる生活の資としていることや、商品先物取引のための人的、物的設備を有していないことは、被告主張の社会的客観性の規準からしても、社会的客観性を欠くことの根拠となり得ないし、商品取引相場が開かれる時間が短時間であり、商品取引所の取引員ではない者がする取引は電話による以外に方法がないことからすれば、原告清康が人的、物的設備を有することなく短時間に電話によつて商品先物取引をすることは原告清康の商品先物取引が事業としての社会的客観性を欠くことの根拠となり得るものではない。

原告清康の如く、個人による商品先物取引を長年継続し、その取引金額も多額に達し、その種の取引の行われる社会で「くろうと」と認められるに至つた場合は、その者の取引は対価を得て継続的に行われる事業に該当するというべきである。

3 同3ないし5は争う。但し、原告清康が本件係争年中において被つた商品先物取引による損失が雑所得の金額の計算上生じたものであるとすれば、原告清康の本件係争年分の課税標準及び税額の計算が被告主張のとおりであることは認める。

(原告弥希子について)

1 被告の主張1は認める。

2 同2、3は争う。但し、原告清康が本件係争年中に被つた商品先物取引による損失が雑所得の金額の計算上生じたものであるとすれば、原告弥希子の課税標準及び税額の計算が被告主張のとおりであることは認める。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告らの請求原因1ないし3の各事実(課税の経緯)及び被告の主張1の事実(原告清康が商品先物取引による損失額を本件各係争年分の事業所得の金額の損失額であるとして確定申告をしたこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の主張2(本件各係争年分中における原告清康の商品先物取引による損失額が、事業所得の金額の計算上生じたものでなく雑所得の金額の計算上生じたものであること)について判断する。

1  法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し、これを受けた令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ一二号で前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定しているところ、商品先物取引は令六三条一号ないし一一号に規定されている事業に該当しないことは明らかであるから、原告清康の商品先物取引による損失額が事業所得の金額の計算上生じたものか、雑所得の金額の計算上生じたものかは、原告清康が本件各係争年分中にした商品先物取引が令六三条一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。

そして、一定の経済的行為が右に該当するか否かは、当該経済的行為の営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無のほか、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費した精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、当該経済的行為をなす資金の調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべきものと解される。

2  以下、右の諸要素について検討するに、

(一)  原告清康が本件各係争年分において行つた商品先物取引の回数、数量及び右商品先物取引により原告清康が本件各係争年分に計上した損失の額がいずれも別表八のとおりであることは当事者間に争いがない。

右の商品先物取引の回数、数量及び損失の額からすれば、右商品先物取引についての営利性、継続性はこれを肯認することができる。

(二)  次に、原告清康が商品先物取引を開始したのは、同人が岐阜県可児郡可児町に所有していた土地が同町に買収され、その売却代金七〇六五万五七五〇円を昭和四八年一〇月ころ入手したので、その利殖を図る手段としてこの自己資金を元手に、訴外丸村商事株式会社の外務員訴外伊藤克彦の勧奨により始めたものであつたこと、原告清康は本件各係争年中において、訴外三晃商会及び訴外中央ゴム工業の代表取締役であり、別表九のとおり右両社などからの報酬・配当を得て生活の資としていること、及び事業所得を生ずべき事業を開始した際には、法二二九条により一月以内に所轄税務署長に対し開業の届出書を提出しなければならないところ、原告清康はこの届出書を提出していないことの各事実はいずれも当事者間に争いがなく、成立について争いのない乙第一ないし第三号証及び原告清康本人尋問の結果によれば、原告清康が本件係争年分中に行つた商品取引のための資金は、原告清康の自己資金及び前記三晃商会からの借入金(右借入をなすについては、原告弥希子を除く三晃商会のその他の役員の了承を得ることなく、その返済期限の定めもなかつた。また、原告清康においても借入当時右借入金について明確な返済計画を有しているものではなかつた。)でまかなわれていたこと、原告清康は前記伊藤克彦の勧奨により商品先物取引を開始する以前においては商品先物取引に関する職業に関与したことはなかつたこと、前記中央ゴム工業及び三晃商会の勤務時間中にその業務の傍ら各取引先と電話連絡等の方法で商品先物取引を行い、商品先物取引を行うための特別の人的、物的設備を有していないこと、及び商品先物取引を行うための情報は前記丸村商事等の取引先から入手するほかは、業界新聞や業界雑誌その他の専門書等によることなく、日本経済新聞等の一般の経済新聞によつていたことの各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実を要約すると、原告清康はそれまで商品先物取引に関する職業に関与したことはなかつたが、昭和四八年一〇月ころ、たまたま土地売却代金を得たことを契機として商品取引員の勧奨により商品先物取引を行うに至つたもので、商品先物取引を行うについて法二二九条による届出をすることなく、本件各係争年中においては、生活の資を得る業務を他に有し、右業務の傍ら商品先物取引を電話にて取引先に連絡する方法で行うにすぎず、その資金も自己資金及び自己が代表取締役である会社からの借入金により調達するもので、取引に必要な情報を入手するための特段の手段及び取引のための特段の人的、物的設備を講ずるものでもなかつたものということができる。

(三)  更に、商品先物取引が、商品先物取引市場における相場の急激な変動を利用して売買差益を稼ごうとするものであることは公知の事実であるから、商品先物取引が極めて投機性が強いものであつて、相当程度の期間継続して安定した収益を得る可能性が極めて低いことは明らかである(現に、原告清康本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告清康は商品先物取引を開始した昭和四九年以来、右取引により連年多額の損失を繰返していることが認められるのであり、本件各係争年中に損失を生じたことは前記のところから明らかである。)。

3  以上からすれば、原告清康が本件各係争年中に行つた商品先物取引に営利性、継続性が存することは前記のとおりであるが、その余の諸要素すなわち、自己の危険と計算による企画遂行性の有無(原告清康が自己の危険と計算により本件係争年中に商品先物取引を行つたものであることは前記のところからこれを認めることができるが、その企画遂行力が高度のものであつたかについて多大の疑問を禁じ得ないところである。)、商品先物取引を行うのに費した精神的、肉体的労力の程度(左程のものとは思われない。)、人的、物的設備の有無、資金調達方法(通常の経済取引としてされる他からの貸付金を資金とするものでない。)、原告清康の職業、社会的地位、生活状況及び商品先物取引により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が極めて低いことを総合すると、原告清康が本件係争年中に行つた商品先物取引が令六三条一二号に該当するものということはできない。

4  原告らは、原告清康が会社役員として他に職業を有しそれによる所得を主たる生活の資としていることや、商品先物取引のための人的、物的設備を有していないことは原告清康が本件各係争年中に行つた商品先物取引が事業としての社会的客観性を欠くことの根拠とはなり得ない旨主張する。

なるほど、一定の経済的行為をなす者が他に職業を有しそれによる所得を生活の資としていることや、当該経済的行為をなすため人的、物的設備を有していないことから、直ちに営利を目的として継続的に行われる経済的行為を令六三条一二号に該当しないものということはできない。

しかしながら、一定の経済的行為が令六三条一二号に該当するか否かの判断は結局、社会通念にこれを求めるほかはないのであつて(原告らは、その種の取引の行われる社会で「くろうと」と認められるに至つた場合には令六三条一二号に該当するというべきである旨主張するが、右原告ら主張が、当該取引をなす者を基準として社会通念を判断すべきことを意味するのであれば、そのような限定をしなければならない合理的理由を発見することはできないし、単に取引に精進しているか否かを基準とすべきことを意味するのであれば、社会通念を基準とするよりも一層明確を欠くのであつて、これを採用することができないことは多言を要しないところである。)、右各諸要素もこれが判断をなす一要素たるにとどまるものである。それ故一定の経済的行為をなす者について、その者が他に職業を有しそれによる所得を生活の資とし、当該経済的行為をなすために人的、物的設備を有していない場合であつても他の諸要素により当該経済的行為が令六三条一二号に該当するものと判断されることはあり得ることではあるが、であるからといつて、右の点が社会通念から当該経済的行為の事業性の有無を判断する際の要素たるべきものではないということができないことは明らかである。そして、原告清康が本件各係争年中にした商品先物取引について、営利性、継続性のほかにはこれを令六三条一二号に該当するものと判断すべき要素に乏しいことは前説示から明らかである(営利性、継続性を有するすべての経済的行為が右同号に該当するものでないことは同号の文言上明らかである。)から、原告らの右主張は採用し難い。

三  そうすると、原告清康の商品先物取引による損失額は事業所得の金額の計算上生じたものではなく、雑所得の金額の計算上生じたものであるというべきところ、右を前提とした場合の損失額、原告清康及び原告弥希子の本件係争年分の課税標準及び税額の計算が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないから、結局、被告が原告清康に対して昭和五七年三月九日付をもつて、原告弥希子に対して同月一一日付をもつてした各更正処分は適法である。

四  以上のとおりであるから、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤義則 高橋利文 綿引穣)

別表四~六、九〈省略〉

別表一

昭和五三年分 課税処分表(長谷川清康)

(単位 円)

区分

確定申告

更正及び賦課決定

異議決定

裁決

一 所得金額

(内訳)

(1) 事業所得金額

(2) 配当所得金額

(3) 給与所得金額

(4) 雑所得金額

(5) 長期譲渡所得金額

(6) 計(総所得金額)

△六二、一九七、六八七

△七六、二七一、一六二

一、〇五二、五〇〇

一三、〇二〇、九七五

△六二、一九七、六八七

一四、八三八、四七五

一、八一七、五〇〇

一三、〇二〇、九七五

一四、八三八、四七五

「更正及び賦課決定」欄と同じ

「異議決定」欄と同じ

二 所得控除額

(内訳)

(7) 医療費控除

(8) 社会保険料控除

(9) 生命保険料控除

(10) 損害保険料控除

(11) 寄付金控除

(12) 配偶者控除

(13) 基礎控除

七一二、四八〇

三五七、四八〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

七一二、四八〇

三五七、四八〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

三 課税所得金額

(内訳)

(14) 総所得金額

一四、一二五、〇〇〇

一四、一二五、〇〇〇

四 算出税額

(15) (14)に対する税額

(16) 資産所得合算のあん分税額

四、〇五三、二九四

四、〇五三、二九四

五 配当控除額

六 源泉徴収税額

三、二六九、四五九

三、二六九、四五九

七 申告納税額

△三、二六九、四五九

七八三、八〇〇

八 予定納税額

九 納付すべき税額

△三、二六九、四五九

七八三、八〇〇

一〇 過少申告加算税額

二〇二、六〇〇

(注) 1 「更正及び賦課決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」欄の雑所得金額は△七六、〇八四、八六二円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表二

昭和五四年分 課税処分表(長谷川清康)

(単位 円)

区分

確定申告

更正及び賦課決定

異議決定

裁決

一 所得金額

(内訳)

(1) 事業所得金額

(2) 配当所得金額

(3) 給与所得金額

(4) 雑所得金額

(5) 長期譲渡所得金額

(6) 計(総所得金額)

△五、九二二、八二六

△二一、七四二、八二六

一、〇一二、五〇〇

一三、五〇七、五〇〇

一、三〇〇、〇〇〇

△五、九二二、八二六

一六、五七〇、〇〇〇

一、七六二、五〇〇

一三、五〇七、五〇〇

一、三〇〇、〇〇〇

一六、五七〇、〇〇〇

「更正及び賦課決定」欄と同じ

「異議決定」欄と同じ

二 所得控除額

(内訳)

(7) 医療費控除

(8) 社会保険料控除

(9) 生命保険料控除

(10) 損害保険料控除

(11) 寄付金控除

(12) 配偶者控除

(13) 基礎控除

七一三、六二〇

三五八、六二〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

九四三、六二〇

一四〇、〇〇〇

三五八、六二〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

九〇、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

三 課税所得金額

(内訳)

(14) 総所得金額

一五、六二六、〇〇〇

一五、六二六、〇〇〇

四 算出税額

(15) (14)に対する税額

(16) 資産所得合算のあん分税額

四、七八五、四八〇

四、七八五、四八〇

五 配当控除額

六 源泉徴収税額

三、五二三、七一〇

三、五二三、七一〇

七 申告納税額

△三、五二三、七一〇

一、二六一、七〇〇

八 予定納税額

九 納付すべき税額

△三、五二三、七一〇

一、二六一、七〇〇

一〇 過少申告加算税額

二三九、二〇〇

(注) 1 「更正及び賦課決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」欄の雑所得金額は△一八、六三〇、五二六円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表三

昭和五五年分 課税処分表(長谷川清康)

(単位 円)

区分

確定申告

更正及び賦課決定

異議決定

裁決

一 所得金額

(内訳)

(1) 事業所得金額

(2) 配当所得金額

(3) 給与所得金額

(4) 雑所得金額

(5) 長期譲渡所得金額

(6) 計(総所得金額)

△二、七九五、八〇二

△一八、〇五五、八五五

一、〇一二、五〇〇

一四、二四七、五五〇

△二、七九五、八〇五

一六、〇一〇、〇五〇

一、七六二、五〇〇

一四、二四七、五五〇

一六、〇一〇、〇五〇

一六、〇一〇、〇五〇

一、七六二、五〇〇

一四、二四七、五五〇

一六、〇一〇、〇五〇

「異議決定」欄と同じ

二 所得控除額

(内訳)

(7) 医療費控除

(8) 社会保険料控除

(9) 生命保険料控除

(10) 損害保険料控除

(11) 寄付金控除

(12) 配偶者控除

(13) 基礎控除

三五五、〇〇〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

三五五、〇〇〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

七一三、六二〇

三五八、六二〇

五〇、〇〇〇

一五、〇〇〇

二九〇、〇〇〇

三 課税所得金額

(内訳)

(14) 総所得金額

一五、六五五、〇〇〇

一五、六五五、〇〇〇

一五、二九六、〇〇〇

一五、二九六、〇〇〇

四 算出税額

(15) (14)に対する税額

(16) 資産所得合算のあん分税額

四、七九九、四〇〇

四、七九九、四〇〇

四、六二七、〇八〇

四、六二七、〇八〇

五 配当控除額

六 源泉徴収税額

三、七八三、八五八

三、七八三、八五八

三、七八三、八五八

七 申告納税額

△三、七八三、八五八

一、〇一五、五〇〇

八四三、二〇〇

八 予定納税額

九 納付すべき税額

△三、七八三、八五八

一、〇一五、五〇〇

八四三、二〇〇

一〇 過少申告加算税額

二三九、二〇〇

二三一、〇〇〇

(注) 1 「更正及び賦課決定」及び「異議決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2 「更正及び賦課決定」及び「異議決定」欄の雑所得金額は△一七、九二九、二五五円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表七

原告清康の商品先物取引による所得金額の内訳

(単位 円)

区分

昭和五三年分

昭和五四年分

昭和五五年分

事業所得としての申告額

雑所得としての被告主張額

事業所得としての申告額

雑所得としての被告主張額

事業所得としての申告額

雑所得としての被告主張額

一 収入金額

△七四、七八〇、二〇〇

△七四、三三五、二〇〇

△一七、三九〇、七〇〇

△一四、一一〇、四〇〇

△一三、三五九、二〇〇

△一五、六八三、七〇〇

二 必要経費

一、四九〇、九六二

一、三七〇、九六二

四、三五二、一二六

三、九六六、九九二

四、六五六、六五五

四、四九六、六五五

(内訳)

1 支払利息

一、三四〇、九六

一、三四〇、九六

三、九七二、一二六

三、七八六、九九二

四、四六六、六五五

四、四六六、六五五

2 雑費

一五〇、〇〇〇

三〇、〇〇〇

三八〇、〇〇〇

一八〇、〇〇〇

一九〇、〇〇〇

三〇、〇〇〇

三 所得金額

△七六、二七一、一六二

△七五、七〇六、一六二

△二一、七四二、八二六

△一八、〇七七、三九二

△一八、〇五五、八五五

△二〇、一八〇、三五五

(注) 1 「収入金額」の各欄は、売買差金から委託手数料を差引いた金額である。

2 「所得金額」欄の「雑所得としての被告主張額」の各欄は、異議決定による金額である。

別表八

原告清康が行つた商品先物取引における数量等(昭和五〇年分~昭和五五年分)

年分

取引回数(回)

売付数量(枚)

買付数量(枚)

差引損益(円)

備考(取引先)

昭和五〇年

六五五

二、七四六

二、四五〇

△一二、二三一、六〇〇

丸村商事株式会社

岡地株式会社

昭和五一年

二六八

七七六

九〇八

△四〇、〇一五、八〇〇

丸村商事株式会社

岡地株式会社

昭和五二年

四八五

一、四二二

一、四九三

△一九、三五六、八〇〇

丸村商事株式会社

岡地株式会社

株式会社たかま商店

昭和五三年

四六四

一、五〇二

一、五一三

△七四、三三五、二〇〇

丸村商事株式会社

岡地株式会社

株式会社たかま商店

昭和五四年

二二〇

五六五

五九五

△一四、一一〇、四〇〇

丸村商事株式会社

株式会社たかま商店

昭和五五年

二九七

六九五

六六〇

△一五、六八三、七〇〇

丸村商事株式会社

岡地株式会社

株式会社たかま商店

(注) 1 回数は、各取引先の勘定元帳における売付又は買付の一取引を一回として算定した。

ただし、同一取引先において同じ日の同じ場の同じ節(立会の時間帯)に同じ価額で約定されたものは一回として計算した。

2 「差引損益」とは、売買差金から支払委託手数料を差引した金額である。

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